<第3弾> 司法書士になったきっかけは?あいきんくん若き日のエピソード

原案:司法書士 相澤 剛 更新

司法書士になって10年。

思えば、法律とはまったく無縁の世界で生きてきながら、30を過ぎて司法書士の世界に飛び込み、六法全書を武器に消費者金融やクレジット業者と法廷で争う人生になっていました。

10年という節目を迎えるにあたり、「そもそもなぜこの道を目指すようになったのか?」と、今の自分をつくった昔の出来事に思いを馳せるのもいいかと思います。

人間・相澤を知っていただくことで、事務所サービスの理解につなげていただければと思いますので、よろしければ最後までお付き合いください。

何かを変えるには、上に立つしかない!

データ入力業務、不動産賃貸の営業マン、工場勤務、ホステスの送りドライバーと、司法書士になる前はさまざまな職を経験してきました。

日本では、転職歴が多い人に対しては「長続きしないね」「粘りが足りないね」と、何かとネガティブにとらえがち・・・。

正直なところ、職場が自分の理想とかけ離れていたというのが、転職が多かった理由です。

もし、今の相澤法務事務所のような職場と若いときに出会っていたら、そのまま安住したかもしれません。

けれど、経営者でもない人間が職場を理想形に変えたいと思っても、無理な話。

自分が働きたいと思える職場と巡り合うには、自分が経営者の側に立って理想の会社をつくるしかない、といつしか思うようになりました。

ユーザーファーストで、スタッフ目線を大切にした、働きやすい職場を。
フリーター生活をしながらも、いつかそんな会社をつくりたいと考えていました。

文句を言うだけではダメ

「キツい」「おもしろくない」「給料安い」など、働く者はとにかく文句が多い。

そんな不満を抱かせる職場も確かに問題ですが、文句ばかり言って果たして何か変わるものでしょうか?

「文句があればやめればいい」「結果を出してから大きなことを言え」が、あいきんくんの持論。

不動産賃貸の営業マンをしていたときも、会社の待遇には不満でしたが、それでもそういう会社だと分かったうえで入ったのですから、文句はありません。

「完全歩合上等! 実力至上主義上等! 上にいる連中全員まとめてかかってこいや!!」くらいの気持ちでした。

できない人が、環境が悪い教え方が悪いと文句を募るかたわらで、私はどうすれば売上トップの社員を抜けるか考える日々。

そこで思いついたのが、トップ社員に同行し、生の営業トークを見学すること、でした。
「先輩、営業同行していいですか?」と現場に押しかけていったのです。

百聞は一見に如かずとも言いますし、そこまでするからには結果も出さなければならない、と自分を追い込むうえでもよい方法だったと、今でも思います。

そんな地道な努力を続けて、少しずつ結果を残していきました。

不動産営業豆知識「消し営業とは?」

少し話は脱線しますが、不動産営業の鉄板トークとも言うべき「消し営業」とは何かについてお話します。

消し営業の「消し」とは、相談者が抱く“理想”や“思い込み”を消す、という意味です。

たとえば、渋谷で8万円のワンルームマンションを探している人からの相談があったとしましょう。
このタイプの物件は、渋谷では安くても10万といったところで、8万などは皆無といって差支えありません。

しかし、当の本人は「いや、あるはず、広告に出ていたから」と思い込んでいますので、説明だけで納得させるのは至難の技です。

そのお客さんが、自分が求めている物件があると信じている段階では、いくら言葉を尽くしても決まらないのです。

本当にないと思わせるだけの、リアリティある実演トークこそ、不動産賃貸の営業マンとしての腕のみせどころと言われていました。
上位のトップセールスマンも、この消し営業が非常に巧みだった人です。

しかし、私はどちらかというとこの手法を好まず、よいと思える物件の長所をアピールする提案型営業を好みました。

また、礼金をカットして恩を売る方法も効果的で、お客さんに感謝されます。

こうして振り返ってみると、自分はお客さんに喜んでもらえる営業スタイルを好んで使っていたといえるかもしれません。

合理的に考え、賢い選択をする

その会社に入ったからには、文句は控えてベストを尽くす。

理想の職場とほど遠いと分かれば、さっさと見切りをつけて新天地に生きる場所を求める。

中には、「よし、オレが会社のトップに立って根こそぎ改革してみせる!」という人もいるでしょう。
立派な心掛けだと思いますし、そう思った以上はぜひとも成し遂げてほしいところです。

しかし、それをするからには衝突や争い、足の引っ張り合いは避けて通れないかもしれません。

ドラスティックな改革には必ず反対派や抵抗勢力がつきもので、相当慎重に運ばないとつぶされる可能性が大。
職場のいろいろな問題点に対して、「おかしい」と口に出して変わるのならいくらでも出しますが、結局はそのときスッキリして終わるのがオチです。

つまり、何の解決にもならない。
それどころか、周囲から嫌われていづらくなる可能性もある。

しかも当時は派遣社員・アルバイトといった弱い立場だったので、自分がいくら声を大にして叫んでも上層部に届くはずもありません。

であれば、今の立場でできることをして、本気で理想の組織をつくる気なら自分で立ち上げるしかないと思うに至ったのです。

「いつかは経営者になり、お客さんに喜んでもらえるようなサービスを提供したい」と考えるうちに、司法書士の道を目指すようになります。

なぜ司法書士だったのか?

それは、法律というものが、弱者を救う武器になると思ったからです。

弁護士を目指すには年齢的にもキャリア的にもハードルが高すぎると思ったので、ここも合理的な判断の下、司法書士という選択に落ち着きました。

では、なぜ法律を武器にすることの必要性を感じたのか、それに目覚めるきっかけともなったエピソードをお話したいと思います。

「この若造が!」長野県で地元の年配者と衝突

この世の中、正しいことが必ずしも通るとは限らない。

こっちの車が優先だったのに、若輩というだけでなぜ、あんなふうに言われたきゃならないのか、ちくしょう!!
そう夕日に向かって叫んだ、若き日のあの体験・・・。

今でこそ司法書士として実績を残すあいきんくんですが、20代の頃は職を転々とするフリーター生活でした。

24歳~27歳頃まで長野県に在住していたのも、元々は派遣社員として工場勤務するためです。
その長野県に住んでいた頃、路上で現地の人間とちょっとしたトラブルを起こしたことがあります。

今の私であればもう少しうまく対応するのですが、やはり若くて血気盛んな年ごろは、つい感情が先走ってしまうこともあるものです・・・。

あの日、私は長野県の小道を、練馬ナンバーの自家用車で通行していました。
車両が一台やっと通れるくらいの細い道で、対向車と出くわせばどちらかがバックして戻るしかない、そんな道でした。

対向車来なきゃいいなーと思っていたら、運悪く前方から一台の車がエンジン音とともに姿をみせました。
どちらかがバックして戻らなければならないのですが、私が先に小道に進入したこともあり、「相手が下がるだろう」くらいに思っていたら・・・。

一向にバックする気配はありません。
二台の車両が向き合うかたちで膠着状態に。

当然、このままではどちらも先に進めません。
すると、車から年配とおぼしき男性が降りてきて、「下がれ!」と一喝してくるではありませんか!

「状況から考えてあなたが下がるべきじゃありませんか?」と、こちらはなるべく冷静に反論しました。
相手は引き下がるどころか、さらに挑発的な言葉を投げつけてきました。

「若造が!」「生意気だぞ!」「お前東京もんか!」
ひどい・・・年齢とか出身がどことか、一体何の関係があるの?

らちがあかないので警察を呼んだのですが、割って入った警察官はただなだめるばかりでおじいさんを説き伏せることはできません。
あきらかに向こうが法令違反を犯しているにもかかわらず、ですよ・・・。

その場は仕方なく、「お互い様だったね」とかたちだけの和解をしたのですが、何ともすっきりしない幕の引き方でした。

確かに、私も意地を張らず素直にバックすればよかったかもしれません。
道をゆずったところで別に腹を痛めるわけでもありませんし、それでおじいさん打ち負かされたことになるわけでもない。

しかし、では何のために「道路交通法」はあるのか? と尋ねたくなります。

法律より、年上か年下かが重要視されるのでしょうか?
法律より、地元の人間か県外の人間かが問われるのでしょうか?

そんなことが法律の上にきてしまったら、秩序は失われ社会は混乱するだけです。
年配者ほどそれを分かってほしいのに、残念ながら現実はその逆・・・。
同時に、自分の無力もそのとき痛感しました。

当時はまだ20代半ばで、今のように法律に詳しくもありません。
法律の知識をもってすれば、もっと理路整然と反論し、相手を説き伏せることができたかもしれません。
ただの若造くらいにしか思わなかったからこそ、おじいさんも居丈高にふるまったのでしょう。

あのおじいさんはきっと、その後も素行を改めることなく、いたるところで誰かに迷惑をかけ続けたことが想像されます。

なぜなら、あのとき自分が悪くて警察を呼ばれたことすら理解できていなかったのですから。
おじいさんみたいな人は、おそらく世の中にたくさんいる。

つまり、法律を無視して好き勝手生きる人がいるおかげで、迷惑をこうむる人も同じくらいたくさんいる。

何とかしてこの理不尽な人々の暴走に歯止めをかけたい。
それには確かな武器を持たなければならない。

あのときの体験で生まれた「許せない」という感情が、やがて「司法書士を目指す」という志に育っていったのです。

髪を赤く染めただけで・・・派遣社員はつらいよ

司法書士を目指すきっかけとなったエピソードをもうひとつご紹介します。

長野県に住んでいた頃、某電気機器メーカー大手の工場で派遣社員として働いたことがありました。
そこで、派遣社員という存在がいかに弱い立場で、大企業の役員の前ではありんこのような存在だという現実を目の当たりにします。

ここでもまた、法律が平然とないがしろにされている現実に憤りを覚えた私は、「武器を身につけて理不尽なことをする相手を懲らしめたやりたい」と心に誓います。

ヘリコプターで参上した副社長

私が当時勤務していたのは、パソコンや家電の製造で有名な大手電機会社の工場。
私が所属していた派遣会社は、そこで検査ラインを担当していました。

ちなみにその工場にはたくさんの派遣会社が出入りしており、私たちの会社は10人程度しか派遣していない弱小クラス。

派遣会社にも大手から零細まであり、規模が小さい会社は当然発言力もなく、立場的に弱いポジションです。
派遣先の大手メーカーと比べたら、象とアリほどの違いといっても言い過ぎじゃないでしょう。

そんな、雲の上の存在ともいうべきメーカー様の副社長が、ある日、視察と称して工場見学することに。
天下の大企業の副社長が来訪するとあって、工場の上層部たちは騒然とします。

一方、私たち派遣社員は立場が違い過ぎるあまりそのすごさが実感できず、ただいつも通り仕事をこなすだけだと平然と構えていました。

視察当日、副社長はヘリコプターで工場の敷地内に参上。

大企業の副社長クラスにもなると、こんなどっかの大統領みたいな登場の仕方をするのかと不思議で仕方ありませんでしたが、威厳をみせつけるためのパフォーマンスだったのでしょう。

いくら偉い人が来ても、私たちの仕事内容に変わりないことはさきほど言ったとおり。
私たちのラインにも副社長が側近を従えやってきて、じっと観察するようにみていくも、淡々と作業をこなすのみです。
何事もなかったように視察は終わりました。

視察といっても私たち派遣社員は無関係、そう気軽に考えていたことが大間違いだったことにやがて気づきます。

その後、私たちのラインからひとりの派遣社員(Aさん)がリーダーに呼び出しを受けました。
戻ってきた彼の口から、信じられない一言が飛び出してきました。

副社長に睨まれた?

「クビになった・・・」

その話を聞いた瞬間は、何がどうなってそんな話になるのか、まったく意味不明でした。

しかし、時系列から察するに、副社長の視察が関わっている疑いは否定できません。
私は納得がいかず、現場リーダーに「なぜAさんがやめなきゃいけないのか」と問い詰めました。

リーダーの話によると、Aさんの赤く染まった髪を副社長が見とがめたことが原因とのことでした。

Aさんはそれまで黒髪だったのですが、何を思ったかつい数日前に髪を赤く染めてきて出勤。
そこへ運悪く副社長の視察がぶつかり、「素行不良」と判断されたということでしょう。

Aさんは基本的に真面目で、これまで勤務態度や服装などについて注意を受けることはありませんでした。
それなのに、視察の日たまたま髪が赤かったというだけで副社長に睨まれ、結果退職に追い込まれることに。

法律に反しているわけでもなく、就業規則や作業ルールを破ったわけでもない。
ただ、副社長が気に入らないという理由だけで、従業員の首を簡単に切るなんて、非情にもほどがある。

私はどうしても見過ごしにできず、派遣会社と掛け合うことにしました。

ひとりの従業員の力ではどうすることもできない現実

髪型に問題があるのなら、その場で注意して「次から気をつけるように」と諭せばすむ問題ではないでしょうか?
にもかかわらず、いきなりのクビ宣告はあまりにひどい。
そのことを会社サイドに伝え、真剣に話し合いました。

「本人は真面目に働いているのに、なぜ!」
「こんな会社じゃ信用できない! みんなもそう感じ取っている。そのうちラインごとつぶす事態になりますよ」

この一件を巡って会社とは相当揉めましたが、結局聞き入れてもらえませんでした。
やはり吹けば飛ぶような弱小派遣、天下の大手メーカーには逆らえない事情があるのでしょう。

やがてAさんも、「みんなを巻き込むのは悪い」と言ってみずから退社していきました。
残念なことに、当時の自分にはAさんを救う力はありませんでした。

ではどんな力があればAさんを救うことができたかといえば、法律の知識であり、それを証明する国家資格です。

この場合、Aさんがメーカー側を訴えれば間違いなく勝てるでしょう。
力も金も知識もない弱者は、泣き寝入りするのみです。

やはり正義感やまっとうな考えだけでは、いずれまた理不尽な思いを味わうだけ。
法律の知識を身につけるためにも、強力な国家資格を手に入れなければ、という思いを強くしたのです。

まとめ

年配者に、権力者に、上から抑えつけられた体験が、司法書士を目指すきっかけを与えてくれました。

みんなが法律や常識にしたがい動けばいいのですが、世の中そうはならないのが現実です。
企業に勤めて真面目に働いても、労働法などくそ食らえとばかりに、社員の権利はないがしろにされがち。

法律系資格という武器を持ち、自ら組織を率いる道を選んだのも、厳しい社会を勝ち抜くため。

司法書士となってからは、創意工夫や試行錯誤を重ねていき、過払い金請求で全国トップクラスの事務所を育て上げることになります。

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