<第1弾> 過払い金請求の相澤法務事務所 ~誕生秘話と司法書士相澤生い立ち~

原案:司法書士 相澤 剛 更新

「相澤法務事務所って、なんでそんなに料金安いの?」
「かわいいキャラクター作ったりして、固いイメージがない!」
「過払い金専門ってテレビCM打ってるイメージだけど、先生のCMはみたことない」

などなど、当事務所に関して疑問や不思議を感じる人は少なくない。

ほかの司法書士事務所にはみられない特徴や個性があるからともいえるが、それはつまり代表の相澤自身が「ちょっと変わっている」からかもしれない。

おかげさまで、相澤法務事務所も開業10周年を迎えた。
これを機に活動の軌跡を振り返ってみたいが、その前に代表相澤はどういう考えの持ち主なのか?
どんな思いで理想の事務所を作ってきたのか?
そもそも過払い金の世界に足を踏み入れるきっかけは何だったのか、顧みたいと思う。

司法書士になる以前のひとりの人間としての考えにスポットを当てることで、依頼者ファーストの原点もみえてくる。

司法書士・相澤が目指すもの

依頼者が喜び、感謝される仕事がしたい。

ずっと使われる立場の人間だったから、働くスタッフにはなるべくいい思いをさせてあげたい。
そんな事務所を作りたかった。

「何きれいごといってさー、自分はどうなのさあ? 儲けたいんじゃないのお?」

はい、儲けたいです(笑)
バカみたいに税金とられるほど稼いで、美女と遊びまくって、優雅な億ション生活にうっとりしたい。

本心をさらけ出せばそうなるが、「依頼者が喜んで」「スタッフが笑う」この条件を満たしたうえでの話。

司法書士事務所を経営する立場上、ビジネスのことは頭にあって当然。
ある程度の儲けを出さなければスタッフに給料を払えないし、何より自分自身が路頭に迷う。

ビジネス目的なのは前提として、「どのような事務所にすれば自分もスタッフも依頼者もハッピーになれるか」を考えてこそ、健全な稼ぎ方に近づける、という思いが最初からあった。

“依頼者ファースト”は開業当初から変わらず

相澤法務事務所が何よりもこだわる「依頼者ファースト」。

当事務所を選んでくれた依頼者の立場と利益を第一に考える姿勢は、開業当初からずっと大切にしてきた。

儲けることばかり考えていたら、いずれ無理が生じることは目に見えている。
なぜなら、営利ファーストは経営者のみが笑うシステムを呼び込み、顧客もそこで働くスタッフも、みんなが満足するにはほど遠い殺伐とした世界しか作れないからだ。

依頼者ファーストと営利ファーストは一体何が違うのか?

依頼者ファースト 営利ファースト

【行動】顧客のニーズは何なのか、真剣に考える

【結果】顧客の満足度を高められるサービスの創出

【行動】顧客の損得より、利益が大事

【結果】顧客は収益を生み出すためのもの、としか思わない

【行動】費用はできるだけ下げる

【結果】お得だとの評判が伝わり、結果的に依頼が増える

【行動】組織を大きくして全国から利益を吸い上げるシステムの構築

【結果】小回りが利かなくなり、さまざまな問題に目が行き届かない

【行動】顧客が望まないことはしない

【結果】喜ばれ、感謝される

【行動】客単価は下げず、とれるものはとれという考え

【結果】顧客の利益は奪われ、いずれ離れていく

【行動】手抜きはしない

【結果】サービスのクオリティが向上し、スタッフの質も上がる

【行動】とにかく効率重視

【結果】処理がずさんになりがち、ミスも生まれやすい

この考えに対し、「理想論だ」「そんなこと分かっているが現実は厳しい」と指摘する人もいる。

先ほどもいったとおり、私だってボランティアじゃないし、ひとりの人間。
名誉欲も人並みにあるし、成功なんて興味ないといえばウソになる。

しかし、依頼者のことをないがしろにしてまでお金を稼ぎたいとは思わない。
理由は簡単で、長い目でみるとそんなビジネスは損をするから。
だから、自分や事務所が得することばかり考えず、依頼者の損になることはしない。
こう決めて10年間歩んできた。

具体的にいうと、いくら集客に成功し、利益が増えても、報酬の値上げはしなかった。

むしろ下げる方向に舵を切った。

依頼者ファーストの理想とは何かを追求した結果、広告費のかからないネット戦略だと分かり、経費を大幅にカットできることも学んだ。

そんな福を呼び込む依頼者ファーストと真逆なのが、営利ファーストだ。
行き過ぎたビジネス志向、強引な集客はうまくいかず、いずれ破滅する。

依頼者ファーストは、決していい格好したがりのポーズではなく、そのほうが結果的にみんなハッピーになるから、と計算してのこと。

依頼者の立場を考えてサービスするほうが、依頼も増え手堅い利益の確保につながる。

稼いだお金はスタッフの給料に還元、これによりモチベーションも上がってサービスの質はますます向上する。

この考えは開業当初からあったというより、もともと合理的な考えをするタイプだったから、自然とそんな経営哲学に行き着いたというのが正直なところだ。

はじめるからには、とことん突き詰める

はじめると決めたからには、とことん突き詰めるまで実行するという哲学も、最初からあった。

今でこそ、インターネットを使った集客に特化しているが、これはあらゆる広告手段を利用し、効果検証もしたうえで最終的にたどりついた結論である。

ラジオCMもバス・電車広告も、紙媒体広告もチラシもリスティングもあらいざらい経験しつくし、「習うより慣れろ」を実践。

「何でも自分でやってみなければ分からない」というのが私の持論で、とにかく試す前から批判ばかりするのは性に合わないのだ。

もちろんいいことばかりではないし、試してみて「何じゃこりゃ! アカンやん!」という手痛い失敗も経験。

だが、アカン体験も、実際に体験しなければ本当にアカンかどうかも分からない、といえないだろうか。
ちなみに、「タワーマンションに住んでみる」という目標も有言実行した(経営とは関係ないが)。

少数精鋭で最高のサービスを

10年間、失敗も含めさまざまな経験を通して分かったこと。
それは、少数精鋭こそ、最高のパフォーマンスに近づけるスキームであるということ。

当事務所の有資格者は、代表相澤を含め数人しかいない。

全国からの受任体制は整っても、事務所の拠点は東京と大阪の2エリア。

相澤の目が届く範囲といったら、やはりそこまでが限界で、100人も200人もの有資格者の能力・仕事ぶりをチェックするのは物理的に無理。

風呂敷を広げ過ぎてしまったら、質の高いサービスを隅々まで行きわたらせるのは難しくなるだろう。
また広げ過ぎたと途中で気づいても、そう簡単にたたみ直せるものではない。
大所帯になればそれだけ人件費や建物維持費などのコストもかかり、値下げも厳しくなる。

だからこそ少数精鋭にこだわることが大切。

利益が余った分は依頼者に還元できるし、スタッフの給料も上げやすくなる。
みんなハッピーになるスキームが少数精鋭。

少数精鋭は、間違いなく好循環のための究極の形であると思う。

なぜ、“依頼者ファースト”になるのか?

依頼者ファーストという大きな柱がいつ自分の中で生まれたのか、はっきりとしたことは分からない。

ただ、これまでの人生で経験してきたことが種となり、芽生え幹となって今花を咲かせているのは確かだ。

最初から今のポジション(依頼される側・人を使う側)の人間だったらその精神は生まれなかったかもしれない。

もともと組織に雇われるフリーターだったし、立場の強い人間のやり方に反発を抱く側にいた。

だからこそ、下々の目線に立ってサービスを提供することの大切さも、どこかで分かっていたのだろう。

非エリートだからこそ芽生えた感情

こういう仕事をしていると、「先生、さぞかし小さい頃から優秀で、とくに苦労もせず勝ち組の人生歩んでこれたんでしょ?」とよくいわれる。

いやいやいやいやいやいやいやいや、断じてそれは違う。

地べたを這いずる思いも経験しているし、むしろスタートは世間的にみて「負け組」だった。

ここでちょっと生い立ちについて説明すると、私相澤は3人兄弟の長男としてごく普通のサラリーマンの家庭で生まれ育った。

父親は銀行マンだったが、周りに独立開業した親戚などはいない。

つまり、経営者の血筋でもなければ、法律業界と縁があったわけでもなく、ごく平均的な庶民として育ったのである。
(絵に描いたようなまじめな両親だったので恵まれた家庭環境ではあった)

先生は高学歴ですよね!? → いえ低学歴です・・

小学校、中学校時代は親に迷惑をかけることも様々。
学校の勉強に興味はなくいつも試験前の一夜漬けでごまかしていた。
(親が学校へ呼び出されていた回数は把握しきれず・・)

高校時代は偏差値50以下の都立高校へ進学。
不登校気味になったりと二転三転するが何とか卒業。
(どうせレベル低いんだから授業料の高い私立より安い都立を選択し、親にその分小遣いを交渉した記憶あり・・)

大学はと言えば、だらだらフリーターをしながら適当に一浪して入学したがわずか1年で中退(偏差値50以下)。

この時点で両親のしぶい表情が目に浮かぶ。

それから、30手前までフリーター生活を過ごした。

昔からエリートでしょ!? → 基本フリーター

わたしは司法書士になる以前は様々な仕事を経験したが、これは数ある弁護士・司法書士の中でも相当稀なパターンではないかと思う。
ごく一部となるが記憶をたどり紹介する。

就いたアルバイトの記憶で代表的なのは居酒屋、物流倉庫での仕分け作業、テレアポなどなど。
違うなと思った職場は半日でバックレた記憶もあり(笑)。

派遣社員レベルでは、地方で複数の工場勤務(AIBOの組み立て検査、パソコンの組み立て検査、謎のガスメーター機器?の検査などなんでもあり)、時にはデータ入力業務の管理者としてアルバイトさん20名ほどの採用管理から給料計算までを丸投げされたり。

唯一の正社員?として不動産賃貸の営業マン。
厳しいノルマが達成できないと毎月の手取りが10万円程の記憶だった・・現代で言うブラック企業なのかな(笑)

そして極めつけは司法書士開業後の1年目まで銀座ホステスさんの送りドライバーをしていたほどである。

とてもエリートとはいいがたく、まさに泥水をすするような人生。

(泥水の中の人生もそれはそれで楽しかった。
地方での工場派遣時代は派遣先の女子社員と仲良くなってよく飲みに行ったりしたし)

泥水の味は、それを飲んだ者にしか分からない。

つまり、雇われる側・使われる側の気持ちが痛いほどよく分かる人生だった、といえる。

雇われ時代の経験が将来必ず花開くと思っていた

雇われる側の世界に身を置くと
「もっとこうすればいいのに」とか
「この点をこう解決すれば従業員たちも働きやすくなるのに」という、雇われ目線が培われていく。

同時に、アルバイトや派遣社員がいくらアイディアを思い浮かべても、経営陣にそれが届くはずはないことも承知していた。

「それならいずれ自分が雇う側の人間にならなければ」との思いが自然と芽生えていった。

その思いが結実して、今の私がある。

当時身に染みた
「上の人間がこんな考えを持っていたら、下の人間は助かるのに」
「サービスを提供する側の人間がユーザーに寄り添ったら、もっとうまく回るのに」
という考えを形にしているところである。

創業者の息子や生まれついてのエリートだったら、人に使われる経験もなくスタート地点で雇う側を約束されていることもある。

そんな人間だと、「ユーザー視点」はなかなか芽生えないのかもしれない。

送りドライバー時代に心がけた「ホステスファースト」

「ホステスファースト」という言葉をご存知か?

それは相澤が受験生時代、送りドライバーをしていた頃に銀座界隈で流行らせた
「ホステスの立場を第一義に考える送迎サービス」
を意味する言葉である。

というのは冗談だが、私が送りドライバー時代に心がけていたのはまさにそれで、いってみれば現在の依頼者ファーストの原型がここにある。

私は司法書士試験合格を目指して受験勉強に励んでいた6年間、銀座クラブのホステスさんを送迎するドライバーの仕事に就いていた。

ドライバーの任務は、勤務が終わった女の子を無事に自宅や自宅付近まで送り届けること。

安全運転やルートの把握はもちろん、車内で気持ちよく過ごしてもらうよう配慮することも求められる。

「体さえちゃんと送り届ければそれでいいでしょ」
確かにそうともいえるが、私はどうせなら女の子の満足度を高めるためにできることはしてあげたいと思うタイプの人間。

車内でゆっくり休みたいというのであればなるべく話かけず静かな運転を心がけ、車中の時間を飽きずに過ごしたいリクエストがあれば、楽しい会話でなごませる。

そしてもっとも肝心なルート送迎では、都心を車でぐるぐる回り道を完璧に覚えるまで体に叩き込む。

最初の1か月間は、2時間前に出勤して道を覚える練習に励んだ。

板橋区出身といっても、都心の道にすべて詳しいわけじゃないから、仕事に入る前にしっかり体で覚える必要があったのだ。

この訓練で渋滞を回避する脇道もマスター。

近道も覚えて、女の子たちに喜んでもらった。

私を雇っているのはお店だが、そこで働く彼女たちはお店の大切なスタッフ。

それを考えると女の子たちもユーザーに違いなく、彼女たちが満足してくれるようなサービスの心がけは当然だった。

受験生のときすでにこの構えだったので、司法書士になってすぐ依頼者ファーストを掲げるのは自然な流れだったと、今思い返してもいえる。

受験生時代からあった「必勝のスキーム」

受験生時代、送りドライバーのアルバイトをしていたとき、よく「なぜそんな仕事を?」と思われたものだった。

なぜなら、司法書士を目指す人間たるもの、「事務所に見習いで入って勉強すべし」みたいな考えが一部で根強かったからだ。

試験に合格してもすぐの独立は難しく、まずは実務を覚えるところからはじまる。

であるなら受験生時代に事務所に入り、修行しながら勉強するほうが先々のことまで考えると有利、というわけだ。

私にはそのような考えはなく、まずは合格することに一点集中した。

そのための方法として、短時間で安定した収入が稼げて、なおかつ仕事しながら受験勉強もできる送りドライバーを選んだのである。

週5日勤務で日給8,000円、女の子を自宅へ送り届けるだけの仕事だから、拘束時間も長くない。

しかも、送迎待ちの待機中は受験勉強に使うことができ、その間は予備校の講義や法律の条文をMDで2倍速にして聴いていた。
また時には別のドライバーさんと談笑したりと、社会と関わらず閉鎖された受験生活の良い息抜きになってもいた。

月収16万円を確実に稼ぎ、開業資金の糧にした。

この間は、もちろん勉強のことだけでなく、合格後のことも考えていた。

ここでも「まずは事務所に見習いとして入り、実務経験を積み人脈を築いてから独立」という人が大半を占める。

私は事務所で見習いからスタートすることに大きなメリットを感じず、いきなり独立することを計画していた。

それも新人定番の「自宅マンションを使っての開業」ではなく、オフィスを構えた独立開業。

とうぜん資金も必要だからこそ、安定収入を確保できる送りドライバーの仕事は都合がよかった。

いきなりオフィス開業に踏み切れない先生たちが多いのは、やはり失敗のリスクを気にしてのことだと思う。

苦労して勝ち取った司法書士の切符、是が非でも成功したいと思うのが人情。

弁護士の先生たちはなおさらその考えが強いだろうが、もちろん司法書士たちも同様だろうと思う。

しかし私はどこか違っていて、ダメならダメでしょうがない、と悟っている自分もどこかにいた。

なんならいつでも送りドライバーに戻ってもいいとさえ思ったほど。

これも泥水をすすりながら生きてた経験が、バイタリティを強くしたのかもしれない。

エリート志向だと、なかなかこうはいかない。

「絶対に失敗できない」
「先生と呼ばれなくなるのは嫌だ」
そう思ってしまうのがエリート主義者たちで、とても相澤が経験したような仕事はできないだろう。

失うものがない生き方は、強い。

研修時代に得たヒントが、過払い金の道へ誘う

実のところ、最初から過払い金に特化した事務所にしようと思っていたわけではない。

開業当初は登記はじめ、さまざまな法律相談を受けていた。

しかし、「過払い金・債務整理は狙い目かも」という着眼点は、司法書士研修のときから持っていた。

というのも、司法書士会主催の研修を受けたとき、それに気づかせてくれる体験に出くわしたからである。

時は司法書士試験に合格した2008年(平成20年)の12月、東京司法書士会主催の研修が行われ、私もそれに参加した。

そこでは司法書士業務について解説した資料が配られるのだが、メインとなるのはやはり独占業務である登記について。

債務整理などは申し訳ない程度にほんの少し記載があるだけ。

しかも、当時の資料には
「過払い金・債務整理バブルは近い将来終焉を迎える」と一刀両断、あたかもこの業界に未来はないかのような書きぶりだった。

そんな状況だから、周りの同期たちは登記業務に専念する気マンマンだった者が目立った。

私も「そうか債務整理はもうすぐ終わるのか」と思っていた矢先、こんなニュースが飛び込んできたのである。

「司法書士脱税 2年間で2億円」というニュース

まさに研修真っ只中に飛び込んできたこのニュース、今でも鮮明に覚えている。
逮捕された司法書士は、債務整理を専門に手がけていた。

しかもインターネット検索で1位に躍り出るくらいの有名事務所。
周りは、現役司法書士が脱税で逮捕された、その事実に愕然としていた。

私だけ、見方が違っていた。

注目したのは、脱税逮捕ではなくその額「2年間で2億円の脱税」のほうだ。

これは1年で1億以上稼いだことを意味する。

当時はぼんやりと
「司法書士になったら年収1,000万円稼げるようになりたいなー」くらいにしか考えていなかった。

桁が違っていたのである。

債務整理という業務が自分の中で大きな存在を占めるようになり、「過払い金・債務整理はいずれバブルがはじけて終わる」という資料の文言は吹き飛んだ。

周囲の同期たちがざわつく中で私がとった行動は、本屋に走り債務整理関連の本を買い漁るというものだった。

悪いことして捕まった先生のニュースということで、周囲の反応は興ざめ、しかし私には希望の光にしか見えなかった・・・。

包み隠さずいうと、「債務整理は稼げる!」と考えた。

逮捕された先生は、正当な行為で稼いでいたのであって、脱税さえしなければ何も問題ないはず。

つまり悪いのは脱税であって、債務整理は悪くない。

縁とは不思議なもので、さらに債務整理に興味を持たせる出来事がこの研修中に起きた。

隣の席が、逮捕された某先生の同期だったのだ。
(合格した年に研修を受けられない合格者は、別の年に改めて参加することがある)

このとき、生まれてはじめて現役司法書士から名刺をもらった。
彼は脱税で捕まった先生の話もきかせてくれて、債務整理をめぐる業界の事情も丁寧に教えてくれた。

周囲の同期たちは新人同士で楽しく身の上話に花を咲かせていた頃、私はせっせと債務整理に関する情報収集に励んだ。
だってそれどころじゃなかったもん。

この経験は大きかった。

「司法書士といえば登記」という考えが幅を利かす中、それに頼らずとも独立開業を後押ししてくれる選択肢の発見があったのだ。

しかし、ここでも業界の問題点が顔を出す。

「え? 債務整理? そんな仕事して大丈夫なの?」と眉を顰める同期も少なからずいた。

これもエリートと非エリートの、ものの見方・考えたかの違いだろうか。

エリートは、メインストリームにいたいと願う。
司法書士であれば独占業務の登記。

非エリート出身者は、たとえ泥臭い仕事でも恐れず自分のものにできる。

メンツを重視する人たちにはそれが難しいのだろう。
言わせてもらえば、登記はそれほど誇れる業務か? と首をかしげたくなる。

登記においては不動産会社主導で差配されることが多く、仕事をもらう側の司法書士の立場は弱い。
だから「接〇」「〇ック」といった黒い噂も絶えない・・・。
泥を飲むことになるのは、果たしてどちらだろうか?

債務整理は法律に準じて進められる業務で、それなりにニーズもある。
助けてほしいと願う依頼者は一定多数存在する。
そのときの経験や従来の合理的思考もあり、過払い金・債務整理の業務もちゅうちょなく行えた。

そして今の相澤法務事務所がある。

依頼者ファーストを軸にステップアップ

事務所の立地、スタッフの顔ぶれと人数、サービス内容など、開業当初と比べて変わったことも多い。

10年も続けていればそれも当然、前進するためにも変化は避けて通れない。

そのときも中心にあったのは依頼者ファーストで、これを維持するために変えるべきところは変え、守るべきものは守ってきた面が大きい。

過払い金・債務整理に特化した事務所へ

相澤法務事務所は、「過払い金(債務整理)半分・登記半分」といった感じでスタートした。

登記に対して乗り気ではなかったものの、父親が銀行員で弟の同級生に地元不動産会社社長の息子がいたということもあり、登記の仕事はすんなり入ってきそうなイメージがあったのだ。

しかし、父親のコネで銀行を紹介されるも、口座を作らされただけ。
不動産会社にもあいさつに行ったが、それだけで終わった。

そこで感じたのは「やはりコネを頼りにしてはダメだな」ということ。
いかんせん登記は銀行・不動産会社との間でコネクションを築かないと、仕事をもらうのは厳しい。

そういうしがらみの世界は、コネを守るために払う犠牲が大きく、とても依頼者ファーストは守れない。

やはり、研修のときに聞いた「債務整理司法書士 脱税」のニュースこそ、この資格を生かすヒントがあるのではないか?

そんな思いもあり、過払い金・債務整理が次第に業務の大半を占めるようになっていく。

はじめてもらった過払い金の仕事は今でも忘れない、エポスカードから5万円を回収する依頼だった。

報酬は1万円にしかならなかったけど、この感動は大きかった。

依頼者からは菓子折りとお手紙をもらった。

このとき、過払い金業務は感謝される仕事だと強く感じたものである。

感謝される仕事はテンション上がるし、モチベーションも湧いてくる。
依頼者ファーストを実現するにふさわしい仕事だと感じた。

こうして相澤法務事務所は、過払い金・債務整理を専門とする司法書士事務所として大きく飛躍していった。

「板橋区で一番」から「全国一番」へ

開業当初のキャッチコピーは、「地域密着」。

相澤が生まれ育ったこの板橋区で一番になることを夢見て、スタートを切った。

当初は地元での活動と、個人事務所にこだわりがあり、業務はほとんど私ひとりが回していた。

続けていくうちにひとりのマンパワーだけでは限界があると悟り、複数の有資格者を雇い入れる「少数精鋭」の事務所を目指して法人化。

大阪にも支店を設け、広く全国から受任できる体制を構築した。

大手事務所にすることもできなくはなかったが、それでは依頼者ファーストに逆行するだけなので、法人化までにとどめその中でユーザー満足度を追求する道を選んだ。

「板橋区で一番」という目標を掲げてスタートした相澤法務事務所、今は「ユーザー満足度では全国一番」と胸を張って言える。

集客はコンテンツSEOに一本化

相澤法務事務所は現在、コンテンツSEOのみで集客を図る「IT×リーガル」を形にしている。

もちろん最初からネット一本に絞っていたわけではなく、ラジオCMからバス電車の広告、チラシのポスティングまで一通りの広告ツールを経験した。

3年前には沖縄に進出し、はじめてテレビCMによる宣伝に挑んだ。

結果は大赤字の失敗に終わったが・・・。
あらゆる広告ツールを使ったことで、それぞれの費用対効果も熟知できた。

これは立派な財産といえる。

失敗も含めたもろもろの経験があってこそ、今のネット戦略一本化に行き着くことができたのだから。

ネットも最初はブログ風の簡易サイトからはじまり、リスティング、ネット業者を介しての㏋制作というふうに試行錯誤を繰り返し、最終的に自社運営のコンテンツ制作にシフトした。

現在、サイト評価の仕組みは、Googleなどの検索エンジンが品質の良しあしを見極め、優良なサイトを上位に表示させる「SEO(検索エンジン最適化)」システムになっている。

本物が残り、偽物が淘汰される世界で、これこそまさしく自分が理想とする「健全な競争社会」だった。

これからも、Googleの高評価を受けるような良質コンテンツをどんどん作っていくから、楽しみに待っていてほしい。

番外編:あいきんくん誕生秘話

本サイトのいたるところで顔を出す、イメージキャラクターの「あいきんくん」。

子どもの頃に同級生たちから付けられたニックネームをそのまま使用したものだが、本格的に世に誕生したのは、私が司法書士試験に合格した2008年。

開業前に取得したYouTubeアカウントのIDが「aikinkun2008」だったのだ。

もちろんまだこの段階はネーミング止まりで、本格的なキャラクター設定は開業後の話。

当時はゆるキャラブーム真っ盛りで、行政なども積極的にご当地キャラクターを作っていた時代だから、マスコット的なキャラを作るのも妙案かなと思っていた。

そこで当時出入りしていたネット業者に「キャラクター作ってくれない」と打診。
戻ってきたラフ案をみたけど、どれもいまひとつピンと来なかったので没にすることに。

今思えば3~5万円の低価で頼んだから、クオリティもそこそこだったのだろう。

デザインの適任者を探していたところ、某有名キャラクターを手がけてるデザイナーと知己の税理士さんと知り合い、その方を紹介してもらうことになった。

(その税理士さんとは、士業広告の住民票封筒が縁で知り合った。つなげてくれたのがこれまた広告というわけで、まさに合縁奇縁)

実績豊富なプロということもあり、これは期待できると思って30万円で製作をお願いした。
当時の運転資金は200万くらいだったので、これは思い切った投資だった。

だが、それだけのお金を投じる価値はあると信じていた。

私が出したイメージは、「親しみやすさ」「バッジ」「緑のネクタイ」「六法全書」。
後から「魔法のステッキ」も加わって、今のキャラクターが完成した。

マスコットキャラクターを採用するなんて当時の業界にない発想だったから、「そんなことして大丈夫?」「司法書士会からにらまれない?」など心配する声もあった。

そんな懸念もどこ吹く風、「あいきんくんが気に入って先生にお願いしようと決めました」と依頼してくる人も続々登場。

チラシにもあいきんくんキャラクターをプリントしたり、都道府県シリーズなるものを発案したり。

あいきんくんは代表相澤の分身となって活躍してくれた。

デザイナーに支払った30万円も、わずか1ヶ月程度で元手を回収できたから、結果的に大成功だった。
今ではキャラクターなんて当たり前になっているが、当時は疑問視する向きもあり、風当たりも強かった。

本当に、他人と違ったこと、変わったことをするのが好きなんだなと我ながら思う。

これからも常識にとらわれず、いいアイディアが浮かんだらどんどんチャレンジしていきたい。

つづく

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